アルコール依存症の体験談:『溺れる人』藤崎麻里
『溺れる人』は、読売・日本テレビ「Woman's Beat」大賞 カネボウスペシャル21受賞作品です。ウーマンズビートは、女性が主人公のドキュメンタリー作品を対象とした賞です。
書いた方は、藤崎麻里さん。昭和43年生まれの若い女性です。受賞当時は主婦でした。激痩せも激太りもしておらず、綺麗な方です。とてもアルコール依存症なんて壮絶な体験をしてこられたようには見えません。
『溺れる人』は、2005年3月1日に篠原涼子主演でドラマ化されました。当時、私の父はまさにアルコール依存症で入院していましたので、とても他人事とは思えない気持ちで観ました。
意外と感情移入しませんでした。「そうだよね、こういう人もいるよね、優しい旦那さんでよかったね」くらいの感想しか持たなかったのです。
ところが母(当時はまだ離婚していませんでした)は、「大号泣」と言っていました。アルコール依存症の家族でもいろいろです。
原作を読んだのは、今日がはじめてです。ドラマはだいぶ脚色されていたのですね。もしくは、事実をたくさん加えたのか・・・。本もドラマもひっかかるところはなく、いい内容だと思います。
本の中で印象に残った言葉があります。夫をアルコール依存症で亡くした女性の発言なのですが、
「私も子どもたちも一度も主人を嫌いだなんて思ったことないのよ。だって、本当の主人を知っていたから。しらふのときが本当でしょ。主人はすごく優しい人だったの」
考え込んでしまいました。
私には、しらふの父の記憶がほとんどないからです。
まったくとは言いません。小学校低学年くらいまでは、あります。酔っていない父が、スポーツや勉強を教えてくれたり、動物園に連れて行ってくれたりしたことを覚えています。楽しそうな笑い声や、頭をなでてくれる温かい大きなてのひらの感触を今も鮮明に記憶しています。
けれど10歳くらいからは、もう「酔ってぶつぶつ文句を言っている父」「酔って機嫌のいい父」「酔って暴力をふるう父」などの記憶しかありません。
・・・
父がアルコール依存症だと判明して以後、母と私は、父を病院に連れて行くため専門書を読んで勉強しました。けれどそこにはいつもこう書いてありました。
「しらふのときに話をしなさい」
ため息が出ます。
父にしらふのときなんて、ないんです。必ずあるといわれても、ないんです。ないものは、ない。呑んでいないときは、寝ているか体調を壊しているか(内科等への入院も含む)、このどちらかですから。
こういう方は、父だけではないと思います。
しらふ状態のない人を病院へ連れて行く確実な方法があります。
それは、その人がぶっ倒れるまで待つことです。「底つきを待つ」と言い換えることもできます。飲み続けていれば、必ず倒れます。吐く、気を失う、栄養失調になる、血便が出る、こういったことで倒れ、病院へ運ばれるのです。その際、アルコールに問題があることを医師に話すと、連携のある精神科を紹介されると思います。
張本人は体調不良でへろへろになっていますから、そこでかたくなに拒否する気力はないはずです。
また、倒れたことで気も弱くなっていますので、これまでよりは割合スムーズにいくと思います。
「底つき」を待たずに無理やり病院へ連れて行こうとするのは、本当に疲れます。心身ともに非常に消耗します。
「底つきと同時に取り返しのつかないことになったらどうするの?」
そんな声が聞こえてきそうです。心配される方に私はこう言いたい。
「そうなったとしても、あなたのせいではない。すべてはアルコール依存症という病気のせいだ」
だって、あなたは十分努力しました。頭も、身体も、お金も使い過ぎなほど、使いました。
まずはご自分を大事にしてくださいね。
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