アルコール依存症-アダルトチルドレン

アダルトチルドレンに「親孝行は当然のことだ」というのは

三歳の長女が私に手をみせてきて、

「ほら、ほくろ」と。

「○○ちゃん、ほくろあったんだ~」と驚いたら、

「うん、だれにもいってないんだけどね」

・・・内緒にするようなことなんでしょうか(笑)

【親なんだから】

内緒にするようなことなのか? といえば、祖母です。

祖母は自分の妹に、かなり多くの情報を隠しています。たとえば、孫(私や妹)に子どもがいるとか、息子(私の父)がアルコール依存症で入院しているとか。

AL(アルコール依存症)のことは、なかなか家族はオープンにしたがらないものですが、私は個人的に、どんどん話したほうがいいと思っています。

そうすることで、断酒への道がさらに拓けていくと考えるからです。

お酒を勧められても、ただ断るのと、嘘をついて断るのと、「一滴でも呑むとダメなアルコール依存症という病気なので、呑まない」と言って断るのとでは、大違いです。自分も、相手も。

・・・

その祖母から次女の出産祝いが届きました。同封されている手紙に、入院中の父の情報が。

「昨夜病院に電話を入れると、あまり気分が良くないらしく、膝を悪くしていると言っていました」

父は50代後半です。膝を悪くするには早過ぎます。ガリガリに痩せているので、どこもかしこも悪くなりやすいのかもしれません。過去に、救急車で運ばれたとき「栄養失調ですね」と言われたこともあります。

「時々息子の部屋の掃除、窓を開け郵便物やチラシなど、片付けに行っています。年を取ると大変です」

これは、要約すると

「なんで私がこんなことをしなくてはいけないのか。子どもであるあんたたちがやるべきことなのに」

ということです。伯母(父の姉)からも言われたことがありますし。

「親なんだから当たり前」

というやつです。

まーこのことについては、

↓バトル

http://child-book-time.cocolog-nifty.com/blog/cat32652356/index.html

にさんざん書きましたし、あまり愉快な話題ではないのでもうやめますが、

ACとしては、やっぱり「親なんだから当たり前」というのはどう~しても腑に落ちません。自分の孫や姪がされてきたことを知っても、それでも尚、そう思うというのはどういう思考回路なのか、ACには謎なんです。

私の孫や姪がもしそんな目に遭っていたと知ったら、まずはこれまで気付かなかった自分を悔やむでしょうし、その子たちの親を叱り、断酒に向けて精一杯協力するでしょう。そんな子たちに「親の面倒を見ろ」なんて言えません。

て、こういうのは、やっぱり当事者(AC)になってみないとわからないことなんですよね。相手の立場に立つって、難しいことですもんね。

【平穏】

そういえば、父の声をずいぶん聞いていないな、と思い立ちました。当たり前です。私が携帯を解約した(といって、新たに新規契約した)のですから。

(改めて、そうしてよかったと思いました。日々、精神が穏やかです)

家の電話からかけてみましたが、留守電でしたので、娘と一緒に伝言を残しました。先日送った写真と手紙もそろそろ届いているころです。

父が穏やかに、断酒への道を歩んでいることを、祈っています。

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39キロになって心療内科へ

【妹が精神的に参ってしまいました】

私には三人の妹がいますが、そのうちのひとりが心療内科に通うようになりました。原因はもちろん、アルコール依存症の父・・・

妹は体重が39キロになり、育児もままならなくなって、三歳になる娘を夫の実家に預かってもらい、自分の療養につとめています。

【そもそもの発端】

妹の舅と姑が、「お父さんを許しなさい」「親孝行しなさい」と繰り返し言い、ついには、

「今度こちらにお父さんを招待しよう」

とまで言ったことが発端です(妹の家と、父の家は飛行機や新幹線を使わないと行き来できない距離にあります)。

結局、父は体調不良(酒で内臓がやられている)で来られなかったのですが、妹は「父が来るかもしれない」というプレッシャーに押しつぶされそうになり、さらに「私は父を許さなければいけないのだろうか」と思い悩んでしまい、ついには心療内科へ通うことになってしまったのです。

【親を許さなければいけないのか?】

「どんな親でも親なんだから、孝行すべきだ」

「親を恨み続けるなんておかしい。許さなければならない」

こういった指摘に、私たちアダルトチルドレンは耳を傾けがちです。それはなぜか?

「自分のことを配慮する前に他人のことを考えるという子ども時代のトレーニングゆえ」
なのです。(『アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちへの手引き リカバリー』より)

親に関してされた他人の指摘に悩むということは、自分がまだ他人のニーズに反応していて、自分だけに焦点を当てていないことを示している、と『リカバリー』の著者は言います。

【私を変えたひと言】

数年前、父に送金を続けている時期がありました。
アルコール依存症で無職で、私たちにDVをし続けてきた父に、です。

父は大威張りで「いますぐ五万円を送ってくれ。現金書留速達で!」と電話を切るのです。

今振り返ってみると、なぜそんな要求に毎回従っていたのか謎なんですが、私は律儀に郵便局へ足を運び、自分の貯金を切り崩していたわけです。

けれどそんなにお金が続くわけもなく(すでに結婚して子どももいましたし)、ある日信頼している叔母夫婦の家へ相談に行きました。

そこで言われた言葉は、今でも私の中に核として残っています。

「自分を第一に考えなさい」

はじめてそう言われたときは、え? なに言ってるの? というかんじでした。そんなことしていいわけないじゃん・・・。そう思ったんです。

明らかに納得していない私に、叔父と叔母は繰り返し言いました。

「自分を第一に考えなさい」

「自分と夫と子どものことを優先しなさい」

「子どもの将来もあるんだし、夫だっていつどうなるかわからないんだから、父親にそんな風にお金を送っている場合じゃない」

「自分を一番に考えなさい」

繰り返されているうちに、気持ちが楽になってきました。

そうか、自分を大事にしていいんだ

はじめてそんな風に思えました。それから、生きていくことがとても楽になったんです。

【アダルトチルドレンの特徴】

『リカバリー』によると、子ども時代の私たちが得たメッセージのひとつは、「私たちは何の権利も持っていなかったし、大切な人でもなかった」ということ。

いつもアルコールが優先されていたからです。

私たちは小さい頃から、ぜひしてもらいたいことがあっても、両親がそれをしてくれるとは限らないことを学んできました。

たとえば家族でキャンプに行く約束をしていたとしても、当日の朝になって父が「行かない」といえばそれに従わざるを得ない。
友だちを家に呼びたいと思っても、家には焼酎の瓶が転がっていて酒臭く、散らかっているので呼べない。
卒業式で答辞を読むことになっているのに、些細なことで叱られて学校へ行かせてもらえない。などなど。

私たちは、感情を抑えることを学んできました。自分のニーズを抑えることを学んできました。

私たちが何かのニーズに応えるとしたら、親のニーズの面倒を見ることばかりだったんです。

【私たちの権利】

『リカバリー』の著者は、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちに以下のような権利を持つことを示唆しています。

○個人の要求を持つ権利
○自分の時間を持つ権利
○自分の感情を持つ権利
○自分の意見を持つ権利
○他人の期待に応えるかどうかを決定する権利
○自分の身体をどう処置すべきかを決定する権利
○イエスという権利
○ノーという権利
○自分の考えを変える権利
○成功する権利
○誤りを犯す権利

「幸せすぎて不安だ」と感じることは、多かれ少なかれ誰にでもあることだと思います。
けれど、アダルトチルドレンにはそれが他のひとたちより多いと私は感じるのです。

それは、自分が利己的になっているんじゃないか、という不安とも関係していると思います。

『リカバリー』によると、そういった不安は、私たちがついに自分のニーズを認め、他のひとに私たちの権利を要求するところまできたという証明だそうです。

妹のことでいえば、

「親孝行しなければいけないというのは、正しいのだろうか?」
「私は親をゆるさなければいけないのだろうか?」

と考えることは、「親孝行しなければいけない」「親をゆるさなければいけない」という他人のニーズをすんなり受け入れてしまう段階からは一歩進んでいるのです。

そこからさらに、妹は前述したような権利に進んでいくと、生きるのが楽になるのだと思います。

【幸せな子ども時代を送ってきた人たちへ】

「え~でも、なんだかんだ言っても親だし」

よく耳にする言葉です。私もなんどか目の前で言われました。そういうことにいちいちグサッときていた時期もあるのですが、あるひとから

「あ~それは普通の家に育ったひとの言葉だね」

といわれてスッキリしました。

誰もが自分と同じような心穏やかな家庭で育ってきたわけではないのです。

他人に自分の価値観を押し付けてはいけません。

【私の使命】

私の父は、祖父母から暴力を受けて育ちました。祖母に抱きしめられた記憶はないそうです。

祖父母もまた、そんな家庭で育ちました。だから祖父母も父も可哀そうな人。

なんて私は思いません。それとこれとは話が別です。

私は決意しています。

私たちの家族で何世代にもわたってつくられてきた悪い流れを、私の代で止めます。

私は流れを変える人になります。

私がいま生きていることで、将来の私の家族たちにいい影響を与えることができる、そう考えています。

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虐待事件に父の言動を思い出す

【虐待事件のニュースを見続けていたら】

大阪市西淀川区の松本聖香ちゃん死体遺棄事件、胸がふさがるような思いがします。

毎日のように見ていたら、ついに父の夢を見てしまいました。。。
小学校のころ、酔った父からどんな風に呼ばれていたかとか、どういう暴力をふるわれたかとか、もう二十年近く忘れていたようなことです。思い出したくなかった・・・
ここ数日、毎晩のように父から追いかけられる夢をみて、気分が悪いです。
こういうの、しばらくなかったんですけどね~

原因が明白なので、さっそく今日から対策をとります。

【対策】

夕方以降は、虐待など残虐なニュースは見ない

これは、ずっと心がけてきたことだったのですが、最近ちょっと油断してました。
夕方って、やけに保険のコマーシャルが多い。
災害や事故や事件の報道を見た視聴者が不安になるのを見越してのことなんですよね。
というか、不安を煽るような報道をしているといった方が正しいかも。

備えることは大切なんですが、必要以上に過敏になることはないんです。

【夜の過ごし方】

早めの夕食をたべたら、新鮮なフルーツやナッツなどデザートでもいただきながら、家族とお気楽なテレビを見たり読書したりして、ゆっくり過ごす

これがベストなんじゃないでしょうか。
暗いこと考えても(考えさせられても)いいことないですから。特に夜は。

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ザ・共依存

夫の世話をやく快感

私の夫はもともとお酒に強くありません。すぐ酔っぱらって、暴走して、寝ます。そして翌日はひどい二日酔い。でも後輩たちをびっくりさせたくて迎え酒で焼酎一気とかしてました。うえー思いだすだけで気持ち悪い。

(2007年12月に禁酒して、今ではこんなことはまずありませんが・・・)

一方私は酒に強く、だいぶ呑んでから酔っ払い、いっぱい笑って、いやな話をきいたら一緒に怒って、悲しい話をされたら一緒に泣いて、ひたすら呑みまくる。そして翌日は二日酔いで動けない。

ろくでもないカップルでした。

こんな風に呑むのは飲み会の日限定でしたが、夫が酔っぱらって寝てしまうとき、私はまだそれほど酔っていませんので、夫の世話をやきます。

具体的には、

・夫の服を着替えさせる(脱がせるだけのときも)
・布団(横になれる場所)まで運ぶ
・二日酔いに効く薬を飲ませる
・枕もとに携帯(アラーム)を置いておく

といったことです。友人たちから「junnaはいい彼女だねー」「こんないい奥さんいないよ」などと言われると、口では「こうしとかないと明日ろくでもないから」なんていいつつ、内心では「私がいないとこの人だめなのよ」なんて思ってました。

ザ・共依存!!

共依存とは?】

飲酒問題が深刻になっていく原因のひとつに、家族がアルコール依存症者への世話やき行動(=イネーブリング)を続けているから、ということがあります。

世話焼き行動の一因となるのが共依存という心理なんですが、では共依存とはなんでしょう。

簡単にいうと、「他人に必要とされることで、自分の存在価値を確認する」という心理です。

これって別に悪いことではない気もします。勝間和代さんも子育てについて「何があっても自分を頼り愛してくれる子どもという存在は、自尊心を満たしてくれる」と言っています。子育ては、まさに子どもに必要とされることで自分の存在価値を確認できます。夫の世話をやくことも同じですよね?

では、何が問題なのか。子育てと夫への世話焼き行動はどう違うのか

最初は夫の飲酒をなんとかしたいという「愛」から出た行為だったとしても、世話を焼き続けるうちに、「愛」は自分が献身的な愛をささげているという自己陶酔に変質していきます。「私がいなくちゃだめなの」という、あれです。

こういった世話焼き行動は実は共依存なのにそれを否認する。そして客観的な影響に気づくことなく世話を焼き続けてしまう。そこが問題なんです。

つまり、「夫には私が必要」と思いこむことで自分を支えているうちに、いつの間にか、献身する自分への愛情=自己愛が勝るようになり、それが飲酒問題を悪化させてしまうのです

子育てではこういうことはありませんね。そりゃ「子どもには私が必要」ですが、子育てする自分への愛情が子どもへの愛情に勝ることは、まずあり得ません。

イネーブラーになるのは配偶者だけか

イネーブリングは助力、イネーブラーは助力者と訳されます。知らずに飲酒を助けたり、飲酒する理由をつくる行為をしてしまう人のことです。夫の飲酒を理解し、支え、世話し、尻拭いするこういった行動は、飲酒者にとって大変好都合なことで、責任も軽くなりますから、ますます飲酒へのめりこんでしまうのです。

では、イネーブラーになるのは配偶者だけなのでしょうか。

そんなことはありません。私はかつて、父と一緒に暮らしていたときイネーブラーでした。まだ幼いときから、です。

子ども
飲酒問題のせいでおこる家庭内不和を緩和しようと必死になったり、逃避しようと問題をほかにそらしたりします。アダルトチルドレンの問題はまた別の機会に書きますが、主に4つのタイプに分類されるといわれています(ファミリーヒーロー、スケープゴート、ロストチャイルド、クラウン)

親兄弟
借金を肩代わりしたり、飲酒者の配偶者にもっとしっかり面倒をみなさいと言ったりします。これらの言動も飲酒問題を悪化させます

嫁姑
飲酒の原因を他方のせいにして確執を繰り返すのも、問題飲酒を悪化させます

職場の上司
部下の勤務態度が飲酒で荒れ始めても、仕事ができるうちは見て見ぬふりをしたり、配置替えだけで片付けようとします

職場の同僚
仕事のミスや遅れをかばったり、飲酒につきあいます

宗教に勧誘する人
問題飲酒を不信仰や祟りのせいにして、問題をすりかえます

というように、イネーブラーは配偶者にとどまらないのです。気をつけないと、あなたも知らず知らずのうちにイネーブラー(問題飲酒者の飲酒を助長している)になっているかもしれません。

どんな人がイネーブラーになりやすいのか

私がこれまで学んできたところによりますと、以下のタイプがイネーブラーになりやすいようです。

・掃除、洗濯に夢中になるところがある
・自分のしたいことを犠牲にしても、世話をやいてしまう
・自分が気に入らないと、夫を非難したり責めたり、ガミガミ言ってしまう
・小さなミス、小さな出来事も気になってしまう
・世間体を気にする
・他人の目を気にしすぎる
・お化粧やおしゃれなど、自分のことに関心を向けない
・世話をやいても報われなかったり、感謝されないと腹が立つ
・何かを始めるとき、周囲のひとの同意がないと自信が持てず不安である
・夫の言動や感情を気にしすぎる

どうですか? あなたはあてはまりますか?

アルコール依存症の夫を持つ、私の母なんかはどっぷり共依存でした。世間一般にいって、母は世間体を気にする方でもないし、結構クールです。ほどよく放任主義で、子どものことを信頼して育ててくれたと思っています。

そんな母ですが、やっぱりはじめは愛情から父を支えていたのが、支えている自分への愛(自己愛)が勝ってしまったんでしょうね。イネーブリングはとても複雑です。気がついたら、いつの間にかはまって、抜けられなくなっている沼みたいなものです。

共依存に気づいたらどうすればいいか

アルコール依存症の専門家たちは以下が効果的であると言います。

1.家族のための自助グループや、病院の家族プログラムに参加する
2.暴力から逃げる
3.自分の時間、自分の楽しみを持つ

1は、私もやりました。父が前回入院しているときです。父の飲酒問題について語り、他の方の話を聞きました。転院などの関係でほんの数回しか参加していませんが、「ああ、こんな思いをしているのは、私だけじゃないんだな」とは思えました。当時はまだ自分の優先順位がどうだとか時間管理がどうだとか考えていませんでしたので、過去のつらい経験を思い出してさらにつらくなったりもしましたが、それなりに有意義ではあったと思います。

2は、正論ですけど・・・というかんじです。それができれば苦労しないんですよね。その場は逃げてもその後はどうするか。戻ったときにもっとひどいことをされるんじゃないか(まるでいじめのようです)。
女性も男性も関係なく、お金を稼ぐ能力をみにつけて、いざというときは配偶者なしでも生きていける力を持っておくことが一番大切かもしれません。

3に関して、私の母はとても上手でした。子どもがみんな独立して父と二人になり、二人きりの会社だったのに父は朝から飲んだくれて働かない。酒瓶がゴロゴロ転がっているアパートで家事も仕事も全部自分でやって・・・普通だったらやさぐれて自暴自棄になりそうですが、母は少ないお金をやりくりして音楽を習ったり、学生時代の友だちと食事したりしていました。こういったことは、本当に大切です。
先日テレビで次男の障害を告白された松野明美さんも「マラソンのときは次男のことを考えない。というか、考えないようにしている」と言っていました。

ほかに、私が有効だと思うのは、問題飲酒者との会話方法です。コツがあります。

1.「私は」で話す
2.話すまえに10秒数える

1はどういうことかと言いますと、「あれしてよ!」「これはしないでよ!」ではなく「私はこうされると悲しい」というように、自分を主語にして話すということです。
このほうが、自分の感情がよく伝わるんです。
想像してみてください。配偶者や恋人から「怒鳴らないでよ!」といわれるのと、「私は怒鳴られると、つらくなる」といわれるの。どっちが心にずしっときますか。

2はつまり、問題飲酒者と常に一緒にいる人は感情的になる癖がついてしまっていることが多いので、何か言ったりやったりする前に一呼吸おいてよく考えましょうということです。酔っぱらいのペースにのせられてはいけません。

・・・

以上、長くなりましたが、共依存について書きました。最後まで読んでくださってありがとうございました。

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ACはなぜ幸せな生活に波風を立てたくなるのか

娘を妊娠しているとき、それから出産してすぐは、夫とよくケンカしていました。気持ちの浮き沈みも激しかったです。

・ホルモンの影響(マタニティブルー)
・禁酒していなかった(私の妊娠時除く)

という二つの理由が考えられますが、いまいちしっくりきません。
確かに出産前後で夫婦はよくケンカするものだと聞きますし、夫の浮気が多いのも妻の妊娠中です。妻の心身が子どものために変化していくからでしょう。(関心→完璧子どもへ。体つき→「お母さん」へ)

けれど私たち夫婦の場合、これは当てはまりません。私は夫にとても関心があって、どうしたら仲良く楽しく過ごせるだろうと毎日考えていました。まー体型に関してはなんとも言えませんけど。

つまり、何事もうまくいっていたんです。幸せで、幸せで、仕方ない時期
のはずだったんです。

が、

・夫の帰りが遅いと事故にでもあったんじゃないかと勝手に妄想をふくらませ不安になる
・夫が帰宅すると、本当は嬉しいのに怒りをぶつける。喧嘩をふっかける
・もうやだやだ、となって家出する

てなことを繰り返していました。

なんで?

なんでこんな意味のないことを?

その答えを、『リカバリー』という本の中に発見しました。この本はアダルトチルドレンが回復していくための手引書です。79の質問と、それに対する回答から成り立っている、心にびしびし響く一冊。

こんな記述がありました。

アルコール依存症を抱える家族の混沌とした環境の中で、子どもたちはアドレナリン常習者(adrenalin junkies)の如くになるように育てられる傾向がある」

「アダルトチャイルドは度重なる危機や緊急事態に慣れてしまって、生活が安定し何事も起こらないようになると、抑うつ気分や不安に陥ってしまう

「生活が平穏で人との関係がうまくいっているその毎日が実は心がふさぐ原因だとわかるまで、何年もかかるだろう」

「次から次へと危機を生き延びることが生活の最大目標になり、危機感がないと禁断症状を引き起こしてしまう

ひざを叩く、とはまさにこのこと!!
そっか、私、アドレナリン常習者とおんなじだったのね。だから夫にケンカをふっかけて、平穏な毎日に波風を立てていたのね。

夫よ、ごめんなさい。いつも私と娘のことを第一に考えてくれているのに。

「これらの問題点は、アダルトチャイルドの自尊心がきわめて低いという問題につながっていく。彼らの自尊心が低いのは自分を信頼せず、自分の気持ちが分からないことから生じてくる」

先日このブログで“自分を信じること”について書きました。これができるようになると、とても楽なんです。↓4年前の自分
http://child-book-time.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-3fe9.html

アダルトチャイルは、自分を価値ある立派なものとして見ることができない子供時代を過ごしたがゆえに、自分が大切にされる権利や、自分からすべきこととしなくてもいいこと、耐えるべきことと耐えなくてもいいことの間に線を引く権利があることを認識しにくくなっている

そのとおり!! これは本当にまさにそうです。

たとえば、父が前回入院していた際のこと。
大きな病気が見つかり、アルコール専門病院から普通の総合病院へ移され、父のアルコールへの渇望は超ド級に膨らんでいました。外出は自由ですし、あほな医者からは「たばこはだめですよ。アルコールはほどほどに」なんて言われるし。(アルコール病棟から転院してきたんだっつーの)

けれど勝手に病院を抜け出したりしないのが、父のまじめというか気の小さいところです。外泊のときは家族の許可とお迎えが必要だという規則をきちんと守り、娘である私のところへ電話をかけてきました。

「俺だ。今日外泊する。今すぐ迎えにこい!!」

ガチャ。

・・・

だいたいですね~、このときにはもう見舞いにいったときに叩かれたり暴言を吐かれまくったりしていたので、父には会いたくなかったわけですよ。父のことを考えると頭がくらくらしてくる。(今はこんなことを書いていてもまったく平気)

でも、私は迎えにいったんです。

そしたら父は、ありがとうもなにもなく(元々そんな語彙はありませんでしたが)、私の横を無言で通り過ぎました・・・

哀れすぎるこの出来事を知った叔母(母方)が言いました。

普通、そんなときに来いって言われて行かないよ

へ~そうなの? と思いました。

さきほど『リカバリー』から引用したとおり、「アダルトチャイルドは自分が大切にされる権利や、自分からすべきこととしなくてもいいこと、耐えるべきことと耐えなくてもいいこととの間に線を引く権利があることを認識しにくくなっている

なんですね。

私のすぐ下の妹なんかは、まだこの気配が濃厚です。その下の妹は長女次女に比べて、父のアルコール漬け生活を多くみてしまっているので(私はまともな時代も10年くらい知っている)、つきあい方がきっぱりしています。電話番号も教えていませんし。「断酒するなら手紙くらい書いてもいい」程度です。

ただ、内心は父に対する愛情があると、わかっています。三女の結婚記念日は父の誕生日です。

話がそれましたが、つまり、アダルトチルドレンは何事もなく平穏で幸せな状態に慣れていないっていうことです。

そしてその原因は、自分を信じられないこと、自尊心の低さにある。

ではどうすればいいのか?

・あなたは両親の飲酒について直接関わる必要はない
・あなたは両親を教育したり間違いを正したり対決したりする必要はない

もっとも重要なことは

・あなたには自分のことだけでもしなければならないことがとてもたくさんある
・両親も問題を解決したら自分の問題も解決するだろうと考えるのは誤りである
あなたの回復は両親の回復とは関わりない

自分にまず最初に優先権や時間や注意や愛情を与えることが大切

これらを常に忘れないことです。

一朝一夕にいかないことであることは、私がよくわかっています。けれどいつか必ず自分を大切にできるようになります。

優先順位はまず、自分にあるんです。

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アダルトチルドレンが大人を頼るとき

アルコール依存症の子どもは、親の病気について他のひとに相談しません。私も大学に入ってはじめて彼氏(今の夫)に話すまで、誰にも口外したことがありませんでした。

なぜでしょう。

「そういうものだ」と思っているから。
親が酒浸りなことも、それを他言しないことも、それが当たり前だと思っているから

先日、とても仲の良い叔母(母方)と話していて、父の話題になりました。そのとき叔母が発した言葉に非常に衝撃を受けたんです。

「お父さんが怖かったっていっても、叩かれたりはしなかったでしょ?」

ええー!!! そ、そんなわけないじゃん!!!

と口には出しませんでしたが、そうかー、やっぱり身近な人でも言わなければ気付かないものなんだなあとしみじみ感じ入りました。

と、こんな私ですが、たった一度だけ大人を頼ろうとしたことがあります

高校二年生のときです。当時私は父からよく学校を休まされていました。門限を数分過ぎたとか味噌汁が薄いとかそんな理由で。
休みが重なり、体育の単位がやばいといわれました。無事補習(プールを100メートル平泳ぎするという単調なもの。広いプール独占で、ちょっと優雅な気分ではありました)を受けることはできたんですが、その後も父は私を何度も休ませました。

ある日五十がらみの男担任が私を職員室に呼び出しました。

「○○の家は、なにかあるのか」

私はうつむいて、なにも言えません。なんて言っていいかわからないんです。
上履きに涙がこぼれ落ちました。

先生が、言ってやろうか

びっくりして顔をあげると、先生は頼もしい笑顔をしていました。大袈裟じゃなく、後光がさしてみえました。

「じゃあ今夜、先生が電話してやるから」

私はドキドキしながら帰りました。

電話は、かかってきませんでした。

翌日も、その次の日も。

先生はすっかり忘れてしまっているようでした。わたしにも普通に接していたし・・・

まー、教師なんて頼りにならないってことを学びました。
今思えば、他に相談できそうな先生がいなかったわけではないんですけど、そこまで能動的に動く勇気はありませんでした。

思春期のころは「自分の家について深く考える」「父親をどうにかしようと考える」などといったことは一切なく、ただひたすら「早く家を出たい」と思っていました。

いま親のアルコール依存症で悩んでいるティーンがいたら、私はこうアドバイスします。

親の底つきを待って病院へ連れていくこと
(底つき=呑みすぎてもう呑めなくなったとき。体調を壊す、入院する、倒れるなど)
保健所、役所などへ相談する
頼れる親戚に相談する

こういったことをしておくと、まず自分を守れます。

親が飲んで暴力をふるったりひどい暴言を吐いたりしたときは、逃げるのがベストなんです。これは間違いありません。なので、上記をやっておけば、非常事態に逃げる場所を確保できます。

私はもしティーンに戻れるとしたら、まず親戚に話します。
飛行機や新幹線を使わないといけない場所にとても温かい親戚がいたのですが、もし話していたら、そこへ逃げることができたと思うからです。

「逃げてどうするの?」「どうせまた帰るんじゃないの」「もっとひどい暴力を受けるかも」

と思う方もいるかもしれません。けれど、とりあえず逃げるというのはすごく意味があることなんです。それはなぜか。

命を守れる(まず自分の。それから家族。最後に誰かがその親を刺したりしないため)
心を守れる(ひどい言葉というのは、心に植え付けられます。気持ちを暗くしますし、自分がだめな人間に思えてきます。ネガティブな言葉というのは、聞かないに越したことはないんです)

以上二点です。アルコール依存症の親なんて、そのときはカーッと怒りますが寝たら大して覚えていません。むしろ、暴力振るってしまうより逃げてもらってよかったと思うかもしれません。

逃げていいんですよ。耐えちゃだめです。

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押入れで寝ている大人を見たことありますか

母は、押し入れで寝ていた時期があります。

・・・と、ここまで書いて、正確な時期が思い出せないことにびっくり。さすがアルコール依存症の娘です。忘れたい記憶はさっさと抹消しているんですね・・・

おそらく、私が高校生のときです。
私と、すぐ下の妹(中学生)の二人部屋には、高い位置に押入れがありました。イメージとしては、ふつうの押入れの上段だけがあるという感じです。下段の部分は階段になっていました。

母は就寝時間になると「おやすみ~」と押入れへ入っていき、
朝になると、押し入れに持ち込んだ目覚まし時計とともに「おはよう」と出てきました。

ドラえもんか!!!

今そのシチュエーションを思い返すと、吹きだしてしまうのですが、当時はもちろんシリアス。お母さん可哀そう、と涙をこらえていました。母本人は、いたって飄々としていたんですけどね。

ではなぜ、母はドラえもんになってしまったのか?

理由は簡単。父に寝室を追い出されたからです。

まー母だって、あんな超酒くさくて、夜中でも構わずテレビつけっぱなし呑みまくり愚痴りまくりの父と寝たくはなかったでしょうけど、なにも追い出さなくても。

その上我が家は貧しいくせに(貧しいから?)子どもが多かったので、部屋も足りず。部屋も狭く。

ということで押入れで寝ていたわけです。

この生活は数週間つづきました。

ここで断言いたしますが、父はまずそのことを覚えていないと思います。都合の悪いことはすぐ忘れる。というのではなく、真面目に覚えていないんです。
アルコール依存症という病気について深く知る前は、「酔っ払ってるから忘れるんだろうな」程度にしか考えていませんでしたが、事態はもっと深刻です。脳が委縮しているということなのですから。

思い起こせば、私たち姉妹はいつも忘れられていました。どこかへ家族で出かける予定、何かを買ってもらう予定など。運よく覚えていてもらったとしても、当日になってドタキャン。これが本当に毎回そうだったんです。キャンプも、スティービーワンダーのコンサートも、全部父は行きませんでした。呑んじゃっていけなくなるんです。

そうすると、アダルトチルドレンの定説として「人を信じられなくなる」「疑い深い」「どうせだめだと思う」といった大人になるわけです。

そうならなかった自分が不思議なんですが・・・

やっぱり、父親が愛情を注いでくれたこと、まともだった時代を知っていることなどがAC化に歯止めをかけているのかもしれません。
そういった記憶があることは、それはそれできついことでもあるんですけどね。

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子どもらしいことをしていない私

娘とトトロを観ました。「興味を持っているようだけど、まだ二歳だから早いかなー」と二の足を踏んでいたんです。杞憂でした。88分集中して観ていました。

ソファに並んでいて、私は「アレ?」と思いました。

セリフをほとんど記憶しているんですよ。「メーイちゃーん!!」と呼ぶおばあちゃんの声も、「まっくろくろすけでーておいでー」と歌うように叫ぶ姉妹の声も。

なのに、

なぜかアニメの記憶は薄いんです。どうして?

DVDが終わるころ、やっと気づきました。簡単です。

父がテレビを見せてくれなかった」からです。

なーんだ、そんなこと。と言われるかもしれません。「父親にチャンネル権があるなんて、今どき珍しい。父親の威厳があっていいじゃないの。子どもはテレビなんて見ない方がいいの。外で遊びなさいよ、外で!」

バカいっちゃいけません。(誰も言ってないけど)

私たちは、学校すら行かせてもらえないことが多々ありました。その理由は、「食事中にコップを倒してしまった」とか「味噌汁がぬるかった」とかです。怒られるのは仕方ないにしても、学校休ませるほどか・・・

しかもその味噌汁って朝五時に起きて作ってたんですよ。前の晩からいりこで出汁をとっておいて、朝作るんです。それをぬるいからと投げつけられる、中学生の私・・・

ああ哀れですね。
夜ごはんも姉妹で作っていました。
晩御飯は姉妹しか食べませんので(父母は仕事のあと外で飲み食いして帰ってくる)、超テキトーでした。小学生だった一番下の妹が担当のときは、いつもレトルト麻婆豆腐。豆腐を炒めてレトルトのタレを混ぜるだけ。マクロビ、オーガニックなんてやってる今からすると、鳥肌ものの生活です。

母も、私たちが幼いころは玄米を炊いてくれたり有機野菜を取り寄せたりしてくれてました。でも、いつからかそんなことはなくなり・・・お金がなくなったからか、父のことで疲れて子どもの食生活まで手がまわらなくなったからか・・・

まー別に姉妹全員健康ですからいいんですけどね。母がそうすることで、少しでも楽になってたり自分の時間を持てたりしたんなら、それでいいです
自分も子を持ったら、自分の時間というのがどれだけ貴重かわかりましたし。

話をトトロに戻します。

なんで観ていないのにセリフを暗記しているのか? それは、ラジオで聴いたからです。

って、いつの時代の子どもだよ!! しかもカセットに録音して、繰り返し聞いていました。だから覚えちゃったんですね。あー重ね重ね哀れです。

そんな生活でもいいことはあったんです。まーむりやりっちゃむりやりですが、

・味噌汁が美味しく作れるようになった
・テレビをだらだら観ることがない

ええと、これくらいですね・・・

トトロを見て自分の幼少時代を懐かしむ、じゃなくて憐れむなんて切なかったです。娘を大事に、いっぱい可愛がって、ほどよく手も離して育てようと強く思いました。

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父がアルコール依存症だと知った日、私がアダルトチルドレンかもしれないと気づいた日

【母の気づき】

お父さん、アルコール依存症かもしれない

母が言ったのは、2004年です。

そう、たかだか4年前。

そのころ私は某金融関係の仕事をやめ、貯金でのんびりしているところでした。両親は自宅で小さな会社を経営していまして(超零細企業)、母は朝から晩まで父と顔を突き合わせていたわけです。

地獄ですね。

父は朝から焼酎を呑みます。というか、ずーっと呑んでいるので、朝からというより「朝も昼も夜もなく」という感じです。ひとりでブツブツ文句を言いながら、テレビを見続けます。ちょっと気に入らないことがあると、母に暴言暴力。

夜中もつけっぱなしのテレビ。(狭い家ですので、母は光と音に耐えながら眠ります)

悪態ばかりつく。(「カスだな」「だからお前はだめなんだ」)

自分だけが働く。(父がはじめた仕事なのに、母だけが朝から晩まで一生懸命働いていました)

「お父さん、アルコール依存症だと思う」

母が言ったとき、私はどう感じたのでしょう。

それほどの衝撃はなかったように思います。父の飲み方がひとと違うということは何となくわかっていましたが、アル中とか依存症だとかは考えたことがありませんでした。(考えろっつーの)

父について考えることは非常に疲れるので(悲しい、腹が立つ)、考えない癖がついていたんですね。

また、父について家族で話し合うことも一切ありませんでした

私が父に直接提言をしたことはあります。思春期のころです。

「門限を守る。だからお父さんも暴力だけはふるわないで。私はお父さんに力でかなわないから、なんでも暴力で解決するのは卑怯だと思う」

言ってどうだったか。たいていは、「ねぼけたことを言うな」でさらなるDVです。運がよければ「わかった」。ですが、数日すると(へたすればその日のうちに)またDV・・・父は鶏のようです。三歩あるくと忘れます。

余談ですが、こうして自分の発言を文字にしてみますと、「これじゃ、だめだな~」と反省しますね。何がだめかって? 「父に望んでばかりいること」です。こうしてほしい、あれはしないでほしい、こういう言い方はアルコール依存症患者に通用しません。逆上させるだけです。では、どう言えばいいのか? 私の経験から言いますと、「私はこうされると悲しい」「私はああしてくれたら嬉しい」など、自分を主体に話すことです。

話を戻します。

父について話し合わない、という壁にはじめてヒビを入れたのは、そういうわけで母でした。

ふーん。なんて相槌をうちつつ、アルコール依存症という言葉をネットや本で調べたりしました。久里浜のKASTをやってみたところ、父に完全にあてはまりました。なんで今まで気付かなかったんだろう。深く考えてこなかったんだろう。

【母の奮闘、娘の気づき】

それから母は父を病院へ連れて行こうとしたり、酒を減らそうとしたり、私たち姉妹と離れた場所でひとり、奮闘を続けていました。

「アルコール依存症」の父と会った直後、アダルトチルドレン(AC)についての本と出会いました。いい本もありましたが、悪い本もありました。

いい本とは、ACについて豊富な事例を持って冷静に分析し、ACの過去をみとめ、ACの将来について明るい展望を示してくれる本です。

悪い本とは、ただやみくもにACの症状を並べたて、「ACとはこういうものである」とネガティブなことを書き連ねる本です。

後者を読むことは、今後一生ないでしょう。いくら私がポジティブになった、自分や家族を第一に考えられるようになったとはいえ、何百ページも暗い記述ばかり読み続けるのは疲れるからです。それに何度も書いているように、ネガティブなオーラは他人をネガティブにします。

「父がアルコール依存症だと知った日」

「私がアダルトチルドレンかもしれないと気づいた日」

このふたつは、今思うと私の人生にとって大きなターニングポイントでした。

なぜか?

「自分や家族についておおっぴらに語るようになった」

からです。語ることは、大きな前進です。

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